-特定健診・特定保健指導事業への歯科健診の導入-
特定健診・特定保健指導事業の概要と歯科医師会の課題
-特定健診・特定保健指導事業への歯科健診の導入-
愛知県歯科医師国民健康保険組合 理事長 斉藤佳雄
1 はじめに
従来の国の保健事業は、健康診査や人間ドックなどの健診実施に重点がおかれ、疾病の早期発見は進んだが、健診後の事後指導に十分取り組めていない傾向であった。そこで、疾病予防を中心とした保健事業から生活習慣病の一次予防を重視した保健事業へと転換し、さらに平成20年度からは、各保険者に対しては、特定健康診査・特定保健指導を中核とした取り組みを行うことが求められている[高齢者の医療の確保に関する法律]。
これは、日常生活習慣を見直し、糖尿病、高血圧や脳卒中、腎不全などの生活習慣病を予防するために、特定健診・特定保健指導(通称 メタボ健診)を行うというものである。この法律によって、各種保険に加入する40歳から74歳のすべての被保険者及びその被扶養者は、1年に1回この特定健診・特定保健指導の受診が“義務化”された。
その目的は<医療費の適正化を推進するため>と記されている。「適正化」とは「医療費の抑制」と捉えるとこの制度の本質がうかがえる。
2 特定健診・特定保健指導
「高齢者の医療の確保に関する法律」において、特定健診は保険者に義務づけられて いるが、国の定めた平成20年度から24年度の特定健診・保健指導の目標値は、特定健診の実施率30%〜70% 特定保健指導の実施率15%〜45%と定められている。
問題は、この健診事業に本来この事業とは無関係である後期高齢者医療制度とリンクしたペナルティーが課せられていることである。
この特定健診の受診率をクリアーすること、さらにメタボ症候群の該当者とその予備軍を10%以上削減といった数値目標を達成できなければ、各保険者(国保組合、健保など)には後期高齢者医療制度の支援金に対し±10%のぺナルティーが加算・減算されるとされている。
愛知県歯科医師国保組合の場合、平成20年度の後期高齢者支援金の額は7億5,398万円であり、健診の受診率、目標値が達成されない場合は、国へ拠出する後期高齢者支援金が7,540万円増額加算される。
また、さらに問題なのは、厚労省の試算によれば、「この健診事業により、約2兆円の医療費が抑制される」と具体的な削減額を公表しているものの、一方では、「国際基準よりも、はるかに厳しいメタボ健診基準では、病気でもない人に無駄な健康指導や診療を行うことになり、医療費の削減どころか、かえって無駄な医療が増えてしまう」との指摘もあり、その額は2兆円の削減どころか、5兆円の医療費が増えると試算されている(東海大学医学部大櫛陽一教授)。
3 特定健診・特定保健指導の費用額からの検討
この事業における愛知県医師会「NPO健康情報処理センターあいち」が定めた特定健診・特定保健指導の具体的な単価は、
特定健診 8,000円
特定保健指導 動機づけ支援 9,450円
積極的支援 26,520円 である。
・ 愛知県歯科医師国保組合の対象者数は7,324人(組合員19,857人の内36.8%が対象)であり、その平成20〜24年度の特定健診・特定保健指導の費用額は1億7,036万円である。
同様に
・ 愛知県の特定健診の費用額は731億9,274万円(対象者数は314万人、人口総数729万の内43.1%が対象者)であり、
・ 国の特定健診の費用額は1兆3,251億円(対象者数は5,696万人、人口12,615万人の内45.1%が対象者)と莫大な金額となる。
・ 愛知県医師会会員の医院のうち、耳鼻科、皮膚科等、従来健診を行っていない医院約を除いた数2,368が特定健診実施医療機関数(総合病院を含む)である。
日本全体では、実に1兆3,251億円の健診費用が、いわゆる診療報酬とは別枠で医療機関に支払われるという事実です。
国民総医療費約34兆円の内、歯科医療費の割合7.7%は約2.6兆円であることを考えれば、この莫大な健診費用1兆3,251億円/2.6兆円=50.96%すなわち、一年間の歯科総医療費の実に50.96%に相当します。
この制度に対する費用額からの分析は、これまでの報告には見受けられません。
さらに、これらの健診費用額の他、特定健診の結果により各保険組合は、前述のペナルティーを課されているところから、後期高齢者医療制度への負担額の増額を回避するため、対象者に対して必死で医療機関への受診を勧めることになります。
その結果、診療料だけでも5兆円の増加が見込まれるうえ、投薬すれば、医療費はさらに増額することになります。
4 分析と総括
1)特定健診・特定保健指導事業への対応のため日本国内の保険者(健保組合、国保組合、市町村国保等)をはじめ、その受け皿としての日本医師会・日本病院協会は、さまざまな研修会やシステム開発のための取り組みを積極的に行ってきている。
健診の結果、医療機関が保健指導を行うことで患者の掘り起こしが生じ、医療費が上昇するであろうことは、保険者としては少なからず危惧するところである。
一方、この制度に対する医療機関側の受け取り方は、概ね積極的であるというのが一般的な印象だ。
そのことは、制度の改変や新しい制度の導入といった時期に、必ず対案を提示しつつ、厚労省案に反論してきた、日本医師会及び日医総研が、この度の特定健診・特定保健指導事業に関しては一切の反論を表明していないことが何よりの証左だ。
2)翻って日本歯科医師会の対応(愛知県歯科医師会を含む)はいかがであろうか。
この制度は発足時点での初期の枠組みに参画できなかったという政治上の制約があったとしても、日本歯科医師会及び日歯総研内部においては直ちに厚労省及び国民に対して、又、日歯会員や全国の保険者に提示しうる
・歯科特定健診 <基本検査項目・詳細項目>
・歯科特定保健指導 <動機づけ支援・積極的支援>
の原案は、すでに検討、又は完成されているのであろうか。
3)この特定健診事業の持つ特異性を以下に要約する。
以下に示す全ての点において、医療側に圧倒的な優位性が担保されている。
① 国が施策として医療保険者に対し、特定健診及び特定保健指導の事業実施を義務づけている。
② この健診には莫大な費用額の拠出が保証されている。
(国レベルで1兆3,251億円)
③ この事業への拠出金(費用額の負担金)の出所が、国であれ、県・市町村であれ、保険組合であれ、最後は全て医療側へ支払われる。
④ 各保険者には、5年間に達成すべき受診率、実施率の目標値が年度毎にHi-levelで設定されている。その上、健診や保健指導を厚労省や医療側でなく保険者が負担。さらに、
⑤ 健診の受診率、目標値が達成されない場合は、ペナルティーとして保険者から拠出する後期高齢者支援金が10%増額される。
愛知県歯科医師国保組合の場合、この支援金として7,540万円が増額加算される。
⑥ 健診の項目毎にあらかじめ個別の費用額が設定されているので、受診者又は保険者から健診医療機関に対して、費用額についての批判が出ない。
⑦ 大多数の保険者では、この事業に必要な費用額は全て、国・県・市町村及び保険者の負担で賄われるため、受診者は負担金支払の意識なく受診できる。
私達歯科医師会にとって、この様な優位性に裏づけされた健診事業がかつて存在したであろうか。
だとすれば、この国の定めた健診事業に全国の歯科医療機関が早期に参画できるよう組織をあげて対応することこそ、現在の他のどの様な事業計画にも優先して進めるべき日歯の課題ではないだろうか。
しかしながら、日歯会長選挙に向けての所信表明や、平成21年度日歯事業計画の内には、この特定健診事業に日歯はどの様に取り組むのか、その姿勢は全く触れられておりません。
又、第162回日歯代議員会で大久保会長は「平成18年度に執行部が発足した時には検診の列車は走り出しており、座席に私達が座る余地がなかった。」と述べています。
4)歯科医師会・歯科医師連盟が行政や自民党議員団との協議において特定健診事業への歯科健診の導入を働きかける努力は、言葉だけでは空疎なものです。
そのためには
① 本日提示した具体的な健診の費用額や、事業全体の費用額を理解し、提示すること
② 歯科健診導入に向けての方策(手段、内容、方法や、またその情報管理)の具体策
を早期に作製し提示することでなければインパクトはありません。
日歯を動員しての組織的かつ具体的な準備が必要です。
5) この様な現状を見るにつけ、日本歯科医師会は理念法(予算措置をともなわない努力義務)である総論的な口腔保健法の形式やその制定にとらわれている内に、国の施策として義務化された身近な健診事業から、全国会員の誰もが得られる最大のメリットを見落としてはならない。
6) 日歯は、歯科の特定健診事業を早期に実現するため、日本歯科医学会、日歯総研、都道府県歯科医師会の総力を結集して、歯科医療の充実(全身疾患を有する有病者への歯科医療や、在宅、介護、寝たきり訪問歯科診療)が国民総医療費の削減にいかに寄与できるかのエビデンスを早急に集約・構築し、外部に発信すべきだ。
7) 40歳―74歳の全国民を対象とした、この特定健診事業(またはこれに代わる制度)が実効法(国の予算措置を伴った法律)として導入されることになれば、全国の日歯会員のメリットは計り知れない。
従って、この健診事業が全国の日歯会員の診療所に限定された制度として発足することになれば、日歯の取り組む未入会問題(非会員対策)にとっても最大のインセンティブと成り得るだろう。
日歯会員の永年にわたる疲弊した現状をみるまでもなく、この保健事業への取り組みこそ日歯の緊急課題だ。
このまま放置すれば、医科・歯科格差は益々拡大するばかりです。
日歯及び日歯総研の一層の奮起を望みつつ、その原動力として愛知県歯の働き掛けを期待して提言といたします